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以前にメルマガ配信していた時の一部です。



★ 田中亮造さん ★
(H27.10.20)

今回のリレートークは、所沢市在住の田中さん。

田中さんは国立リハビリテーションセンターに勤務する理学療法士さんです。か〜こと待ち合わせした場所に、現れた田中さんは、シャツに黒のジーンズ、すらっと背が高く、見るからにスポーツマン、実際学生の時はずっとサッカーをやっていたそうです。

みなさんは、「あ〜、田中さんはサッカーをやっていてきっとケガがつきもので、それで理学療法士になったのかな」なんて思いませんでしたか?か〜こは、そんな質問をしてみました。ところが意外や、理学療法士の資格を取ろうと思った理由は、この職業が「楽しそう」で「面白そう」だったからだそうです。サッカー時代は実はケガは一度もしたことがなかったとのことでした。

 高校生の時、ネットで理学療法士のことを調べていて、この職業は常に変化があり、病気や年齢やケガも違う、まったく同じ病状の人はいないし、それにどうやって対応するか、自分が治療した結果がぴったりはまった時はきっとすごくうれしいだろうと思い、この道に進んだそうです。

 そして大学で資格をとるとどこに就職しようかと考えました。総合病院やクリニック、介護施設など、いろいろな道はありましたが、田中さんは、脊髄や頚椎損傷の方や、切断の方が社会復帰する支援をしたいと思い、現在の職場である国立リハビリテーションセンターを選びました。

 田中さんは理学療法士として今年で3年目。障がいを負った方が日常生活を送れるように身体機能の回復を訓練するのが仕事です。その人に合った可動域を広げる訓練や、筋肉トレーニングなど、効果的な治療法を選択したり、判断する仕事を日々患者さんに寄り添い行っています。田中さんはこの仕事が大好きでとても楽しいと話してくれます。

治療は医師、看護師、作業療法士、ケースワーカー、心理療法士、運動療法士、言語聴覚士などを交えチームで行います。学生時代の実習の指導員には10年やってやっと一人前だと言われました。今は知識や技術を付けて一人前になり、しっかり診られるようになりたいです、と目をキラキラ輝かせて語ってくれました。 

田中さんが障がい者スポーツ指導者の資格を取ったのは 1年前、患者さんに障がい者スポーツを教えてあげられたら、そんな気持ちで受講しました。興味のあるのは、車いすバスケやラグビー、ブラインドサッカーです。

 田中さんは、自分も障がい者に接するまで知らないからよくわからない、怖い、そんな思いがあったそうです。ですから私たちはもっと障がい者のことを「知る」ことが大切だと言います。そうすればもっと分かるし、分かり合える、と。か〜こ、ふか〜〜くうなづいちゃいました。

障がい者スポーツへのアプローチは人それぞれかと思います。田中さんのように医療から入る方もいらっしゃれば、最近の流れではスポーツ推進委員さんがユニバーサルスポーツとして障がい者スポーツに関わる方もいらっしゃいます。

 田中さんは今年2月に開催された「次世代ヤングリーダー座談会」の参加者でもあります。参加してみると医療とは全く関係のない学部の学生たちが、いろいろな場面で障がい者スポーツにボランティアとして関わっているのを知り、みんなすごく熱いなと感じたそうです。田中さんの仕事が「チーム」で行うように、私たちもいろいろな立場や年代の方が適材適所いえ、「適財適所」として関わっていけるようになったらいいなあとか〜こ感じました。

 最後にか〜こから、「どうやったらもっと若い人がボランティアとして手伝ってもらえるようになるでしょう?」と質問を投げかけると、「行ったら楽しそうだなあ~って思ってもらえることかなあと」。一人で行って気まずかったらどうしよう、そんな気持ちを起こさせないような工夫が大切ですね。そして参加したら何をするのか事前に知らせることも必要です。例えば企画や運営をやるのが好きな人もいるし、指導者としてやりたい場合もある、田中さんの場合は一緒に交わって体を動かしたいそうです。

 そして「まずは行ってみて、そのスポーツをやってみるのがいいですね。自分が好きな障がい者スポーツを見つけてやれるといいです。好きじゃないと続けられないですからね。」田中さん、素敵な理学療法士になってくださいね、か〜こ応援していま〜す!



木佐貫優祐さん★ (H27.7.3)

 今回のリレートークは木佐貫優祐(きさぬきゆうすけ)さん。前号の鹿野さんからバトンを受け取った木佐貫さんは、鹿野さんと同じく
27.2.28開催した「次世代ヤングリーダー座談会」(指導者協議会が、次世代を担う33歳以下のスポーツ指導員で行った座談会)に参加された方です。

木佐貫さんは今年で社会人4年目。草加市体育協会に勤務しています。大学生の時に愛知県の体育協会でインターンシップ(職業体験)を経験したことから、是非体育協会で働きたいと思いました。大学まで陸上をやっていたので選手側の体験しかなかったのですが、インターンシップをやってみて、スポーツを支える側の面白さを知り、今までと違った形でスポーツに関わっていけたらとこの道に進みました。

草加市体育協会では木佐貫さんが就職した頃、ちょうど車いすバスケの事業を始めることになり、その事業の主担当を木佐貫さんが行うことになりました。障がいを持った子どもたちや大人に月一回定期的に教える教室です。担当になって、始めは悩みながら奮闘する日々が続き、車いすを揃えるにもあちこちから借りたり苦労したそうです。しかしそのうち参加していた子どもたちがこのの事業を通じて次第に明るくなってきたことに気づきました。木佐貫さんはその変化を見ていたら、とっても楽しく、自分も頑張ろうと思えてきたそうです。障がいを持つ人がスポーツをできる機会はなかなかありません。だからこそ誰もが来られる場にしていきたい、そんな思いが通じて、最初は10人ぐらいで始めた教室でしたが、今では30人以上の人気講座となりました。

草加市体育協会では、74()に草加記念体育館で「障がい者スポーツフェスタ」を開催します。障がいのある人もない人も気軽に参加できるイベントです。午前の「車いすでスポーツ体験」(10:0012:00)では、NPO法人パラリンピックキャラバンの共催で車いすバスケの選手も来競技用車いすやバスケの体験ができます。また午後は「各種障がい者スポーツ体験」(13:2015:20)があり、6種目の競技が楽しめます。おなじみの卓球バレーやフライングディスク、風船バレーも行います。そしてこの大イベントの中心となって担当しているのはもちろん木佐貫さんです。1年がかりでこのイベントの構想を練ってきたそうです。当日の参加者がたくさん来てくれるようにとチラシ配りにも余念がありません。午後の部では指導者協議会も協力をしていますので指導員のみなさん、お時間のある方はボランティアに申込んでいらしてくださいね。

さて、木佐貫さんにこれからの目標をお聞きすると、「障がい者スポーツはまだまだ知られていない部分も多いですが、まずは草加市の中で知ってもらい、それをもっともっと多くの方に広めていきたいです。」と目をきらりと光らせて語ってくれました。

そしてプライベートでの夢は、マラソン。学生までやっていた陸上は短距離で、長距離に挑戦するのは初めてとのこと。11月に大田原(栃木県)フルマラソンにエントリーしたのでこれを完走するのが今の目標だそうです。

みなさん、74日草加市にいらっしゃいませんか。汗をかきながらもきっと爽やかな笑顔をみせている木佐貫さんに会えますよ。か〜こ、いこうっと♪
 


 鹿野春香さん★
(H27.1.25)

今回のリレートークは越谷市在住の鹿野春香さんです。埼玉県障がい者スポーツ指導者協議会では、228日に「次世代ヤングリーダー座談会」を企画しています。この座談会では東京オリンピック、パラリンピックの時に40歳になる方、つまり現在33歳以下の方にお集まりいただき、どのように障がい者スポーツと関わっていきたいか、またどのようなことをボランティアを通じて得たいと考えているのか?など若い世代の方々の意見をお聞きし、情報の共有と横のつながりをつけることや、協議会の運営にもその意見を反映していきたいと考えています。
今回鹿野さんには、その次世代ヤングリーダー座談会の実行委員と参加者を受けていただいています。

さて、鹿野さんが障がい者スポーツ指導員の資格を取得したきっかけは、浦和短期大学介護福祉課に在学中、介護施設だけでなく、障がい者施設での実習もぜひ経験してみたいと思ったことや、資格を取って、できるだけ障がい者の方と関わりたいなと感じたからだそうです。
実際に障がい者施設での2か月にわたる泊まり込みの実習はそれはそれはきつかったそうです。缶詰状態でしかも重度の方ばかりだったとのこと。でもそれをやり遂げた鹿野さん、すばらしいですね、か〜この根性とは比べ物になりません。

卒業後は現在お仕事をしながら、日程が合えば障がい者スポーツのボランティアとして活動を続けたいそうです。仕事に支障がなくてできる時間帯や日程を探していますが、平日のボランティアが多かったり、土日は大会のお手伝いで、少しハードルが高くてできるかなぁ、と鹿野さんは時々不安に思います。

若い方たちがどのような内容のものであればボランティアを始めてみようかな?と思えるのか?か〜こ、鹿野さんに聞いてみました。すると、まずはその内容、例えば説明が「〜〜の補助」だけだとよくわからないとのこと。「どんな対象の人(どのような障がいのある方)にどのようなことをやるのか?もう少し詳しく説明があると参加しやすいです」、とのこと。というのも、学校の実習で施設に行くと、やる内容や特徴、こういうところに気を付けましょうという指示が一人一人あるそうです。そういう点では「昨年参加した吉川のカヌー教室では、事前説明があり内容が把握でき不安が少なかったです。」と。そして「終わってみたら、参加者が楽しそうなのを見て自分も楽しかった、緊張した分、自分が一番楽しんでいたかも」、と笑いながら話してくれました。

協議会のボランティア募集の広報の仕方についても聞いてみました。「封書でくるとまずあまり開けませんね。」とのこと。若い人ほど、封書は開けないようです。そんな中でも、ボランティアをした時にどなたかに直接こういうのがあるけどどう?と聞かれると対個人なので返事がしやすい、やってみようかなという気持ちになるとのことです。ここ重要!(笑)、お世話好きのおばさんになろう!ってか〜こ思いました。これを読んでいるか〜こと同じぐらいのみなさんもよろしくです!!

鹿野さんの今年の目標は、まず自分が体を動かすこと、スポーツをすること。そして、「自分のできる範囲でマラソン大会にチャレンジしみたいんです。」と爽やかな笑顔で語ってくれました。
鹿野さん、2020年パラリンピックに向かって、少しずつ走っていきましょう、ボランティアもマラソンも!か〜こ、応援していますよ〜。

 


 高木サダ子さん★(H26.10.2)

 今回のリレートークは、草加市在住の高木サダ子さん。

か〜こは、お話をお伺いすべく、待ち合わせの草加市文化会館のラウンジに。ところが渋滞に巻き込まれ、待ち合わせの時間に遅刻していくと、ラウンジで一人帳面をつけ、電卓をたたいている方が・・・・!なんと高木さんです。「高木さん?遅れて申し訳ありませんでした。」とか〜こが謝ると、「はい。今ね、レクリエーション協会の会計をしていて、この時間にお仕事していましたから大丈夫ですよ。」そう優しく微笑んでくれました。か〜こ、その笑顔を見たらほっとして、心までほんわかあったかくなりました。

 高木さんは、昭和52年からレクリエーションの分野(キャンプ、歌、ゲーム、ダンス)に携わっているそうですからかれこれ40年。そして立ち上げから関わっている草加市のレクリエーション研究会も今年で40周年だそうです。ん〜〜、すごい!長きに渡り継続していくことの大変さと難しさを考えると、か〜こ脱帽です!

 そんな高木さんが、障がい者スポーツ指導員の資格をとったのは平成20年のことです。高木さんの身近には障がいのあるお子さんを持つお母さんが何人かいらしたそうです。その子どものお母さん方は、自分の子を世界一の子だと思いながらも、障がい児を持つ辛さや将来への不安から大変な思いをしている。と高木さんは、お母さんたちがそんな狭間で戦っているように見えたそうです。そしてお母さんたちは、ご自分の人生をかけて、悩みながらも子どもとともに日々成長している、その姿に打たれ、何かお手伝いすることができないか?と毎日考えていたそうです。そう思いながらもお手伝いをするというのが何だか、同情に思われないか、そんな危惧もあって、なかなか言い出せずにいました。

 そこへ、「障がい者スポーツ指導員(初級)」募集のお知らせ。高木さんは、これだ!!と思いました。この子たちに自分が今までやってきたレクリエーションをやってあげることができると思ったそうです。

 高木さんは現在、市や県のレクリエーション協会の役員もされながら、草加市で月二回障がい者のための「スポーツ広場」で指導をしています。バドミントン、トランポリン、レクダンス、卓球バレーなどなど、いろんな遊びを提供しています。また草加市で開催される障がい者のスポーツ大会「パリポリ大会」にも携わり、地域で障がい者への支援を続けています。

 「子どもたちってダンスが好きですよ〜、特にAKB48とかね。」そう語る高木さんはとっても楽しそうです。ダンスを教えるときも、子どもたちに教え込まないそうです。まずご自分が踊ってみます。「私が踊るとみんながのってきて、踊ってくれるの。」高木さんは、みんなを巻き込む雰囲気づくりの達人です。「AKBとかも踊るのですか?」と、か〜こが聞くと「選曲は大切よ。だから毎月1回市外に講習会に出かけるのよ。」と。そこで5〜7曲新しい曲と振付を覚えてくるそうです。踊りが苦手なか〜こはますます高木さんのファンに!地道なこうした勉強も怠りません。 

さて、これから新たに活動を始めてみようかなと思っているみなさんへ、高木さんからラブコールが届いています。「どこに行こうか迷っている方がいらしたら、一度草加の「スポーツ広場」にいらっしゃいませんか。こういうことしているのね、こんな事やるといいのね、ときっといい経験ができますよ。」と。

近隣にお住いの方、是非のぞいてみてはいかがでしょう。

【スポーツ広場:月2回土曜日、午後1時〜3時 
       
場所 :草加市民体育館 電話 048−936−6239 】
 
 

 山森澄子さん★(H26.5.15)

「おはようございます!」
山森さんの元気な声と笑顔に会場が急にぱぁ〜っと華やぎます。今日は「草加パリポリレクリエーションの集い」の研修会。5月18日に草加市民体育館で開催されるこのイベントの打ち合わせに県内各地から指導員やスタッフの方々が集まりました。今回のリレートークは春日部在住の山森澄子さん。

 山森さんが障害者スポーツ指導員の資格を取られたのは平成14年。そしてそのきっかけになったのは、平成7年、保育所に勤めている時に、小学校における多動児へのサポートを頼まれたことでした。その子とどのように接したらよいのか、向き合ったらよいのか、最初は全くわからなかったそうです。しかしそのうち多動のお子さんをよく観察していると、例えば本の読み聞かせ、好きなことや興味のある場所には止まる、そしてどんな行動も理由があってやっている、ということに気づいたそうです。それから山森さんは、よく行動を観察する、怒らない、その子の気が済むまで待つ、一個の人間として接する、そして毅然とした態度も必要だと感じるようになりました。

 そして山森さんは、もっと自信を持って接することができるようにと障害者スポーツ指導員の資格を取ります。彼らは曲を弾いてあげると、そのうちそれを真似して引けるようになりました。ラジオ体操も毎日続けていたら一人でできるようになりました。旧庄和大凧マラソンにも希望者と共にチャレンジしました。教え込むのではなくこちらがやり続ける根気が大切、障害があるなしで区別してはいけない、どんな人にも心から取り組むこと、人としていかにその尊厳に対応するかなどを、障害のある子どもたちから学び、また自分たちも頑らねば、と勇気をもらったそうです。

 山森さんは現在、乳幼児から高齢者、障害者の方々まで幅広い支援活動をしていらっしゃいます。そしてレクリエーションコーディネーター、福祉レクワーカー、ラジオ体操一級指導士など数えきれないぐらいの資格も持っています。それは、皆さんが楽しめるプログラムを提供するためには日々勉強が大切だと感じるからです。また、山森さんはご自分が指導された後には必ずみなさんからご意見やアイデアをお聞きして「山森ノート」に記録し、今後に活用しているそうです。このように山森さんは大変な努力家でもあります。

 これから活動を始めようかなと思っていらっしゃる指導員の方へ山森さんからメッセージです。「一歩踏み出してみると、普段生活している中でまったく知らないことを知ることができますよ。知らないことを知ることはとっても楽しいですよね。どうぞ障害のある方とスポーツや文化面など楽しんでください。あなたの世界がひろがりますよ。」

 山森さんのモットーは「笑顔と元気」だそうです。やっぱり!!か〜こ納得!!ぱぁ〜っと華やぐ笑顔で元気に挨拶をしながら部屋に入ってくる方がいらしたら、皆さんそれはきっと山森さんですよ。
 


 山田晴江さん★(H26.1.5)

「今ジムに行ってきた帰りなんです。ボランティアをするにも健康が大切ですからね〜。」そう言って笑顔で待ち合わせ場所にいらしたのは、さいたま市見沼区在住の山田晴江さん。

 山田さんが東京から埼玉に引っ越されてきたのは平成2年のこと。何かボランティアをしたいなと思っていた山田さんは、旧大宮市で開催されたガイドヘルパー講座を受講し、そこで初めて視覚障害者と出会いました。1期生として修了した後は、グループを作り視覚障害者の外出サポートやハイキングの企画などの活動をされていました。

その後その中のお一人が盲人卓球(現STT)の相手をさがしており、そこから盲人卓球のサポートボランティアを始めました。山田さんは、STTに出会ってすっかりその魅力にとりつかれたそうです。「その魅力って何ですか。」とか〜こがお聞きすると「障害者の方が音を頼りに打つ、また、すごいスピードで打ったり打ち返したりという想像を超える世界を見たことです。彼らはその影ではとてつもない努力をしています。そして、障害者、健常者に関係なく一緒にスポーツを楽しむ者同士という関係もその魅力ですね。」と。平成16年の埼玉国体ではボランティアとして活躍され、その後STT審判部会立ち上げに関わり、STTの組織をスタートされたそうです。

山田さんは平成14年に障害者スポーツ指導員初級を取得し、現在は障害者交流センター等でボランティアとして活動をされています。「楽しそうにしているね〜。何やっているの〜?」と山田さんの輝いている様子を見てそう言った旦那様も現在指導員としてご一緒に活動されています。「日程が合うときは一緒に出かけ、その行きかえりの車の中でのおしゃべりが夫婦のいいコミュニケーションになっていますかね。」うわ〜、ボランティアで夫婦円満!

山田さんは、活動を通じて皆さんの喜んでくださる姿や一生懸命取り組んでいらっしゃる姿からエネルギーをもらっているそうです。またボランティアをしている者同士の顔なじみが増え、横のつながりも楽しみになったそうです。「私たちはサポートすることでビタミンI(愛)をみなさんに。そしてみなさんからはビタミンE(エネルギー)をいただいています。」この言葉とっても素敵でか〜こ大好きになりました。

 民生委員としても活躍中の山田さんは、交流センターでのボランティアで学んだことを生かし、お年寄りのサロンで卓球バレーや4面卓球を紹介し、広めていらっしゃいます。認知症の方でも卓球の球には反応して手が出るそうで「あ〜、お尻あがった!」「2回打った~」などと、みんなで大盛り上がり。サロンのみなさんの笑い声が聞こえてくるようですよね。

また今年の8月からはハンドベルのボランティアも始め、気仙沼の仮設住宅や施設などを慰問されたりしています。常にポジティブで好奇心旺盛です。

 山田さんから新しく指導員の資格を取られたみなさんに熱いラブコール!「若いころはボランティアというとなんだか特別のような気がして構えてしまいがちですが、自然体で、一緒に活動してみませんか。できる範囲でかまいません。時間ではなく、気持ちがあれば、そして来てくれさえすれば誰でもできますよ。私たちは良き先輩としてみなさんを心からお迎えします。」

みなさん是非私たちと一緒にボランティアをはじめてみませんか
 

 飯田吉之さん★
(H25.9.20)

今回のリレートークは、さいたま市在住の飯田吉之さんです。

  9月のとある土曜日。か〜こが向かったのは埼玉県障がい者交流センター。飯田さんはその日、交流センター主催のブラインドテニスとソフトテニスの二コマのお手伝いをなさるそうで、教室が始まる前にお会いしてお話を伺ってきました。

飯田さんは以前この交流センターを利用する側だったそうです。ある時参加したバドミントン大会で、たまたま交流センターのスポーツボランティアさんと同じ組になり、その存在を知りました。そして、自らも交流センターでボランティアをやってみようと思い、登録し、活動を始めました。その後、ボッチャの手伝いをしていた時に、「せっかくだからボッチャの審判をやってみたいな。」と思い指導員に話すと、「それなら障がい者スポーツ指導員の資格を取ればできるよ。」と言われたのがきっかけで、平成22年に障がい者スポーツ指導員(初級)を取得しました。

野球やソフトボールなど球技が好きな飯田さんですが、指導員としては、種目に関係なく、いろいろとチャレンジしています。仕事がなく、体調がいい時に、交流センターを中心に月12回の活動を続けています。交流センターではスポーツだけでなく、人が足りないと聞くと文化ボランティアもされるそうです。「明日もオーボエコンサートのボランティアをするんですよ。」と目がキラキラ☆☆☆

か〜こは飯田さんに指導員をされていての魅力や感じたことをお聞ききしてみました〜。「学生から70代の方までいろいろな年代の方がいらっしゃいますよね。そういう方々と触れ合えるのが一番楽しいです。お昼の時間なども、お漬物を持って来てくださる方もいらして、みんなでわいわいおしゃべりするのも楽しみの一つですね。それから、指導員同士の横のつながりがあるともっといいと感じます。ボランティアが終わるとみなさん、その後はバラバラになってしまうのが残念です。」確かに現代は同じ年代の方とはお会いする機会はありますが、なかなか幅広い方々との触れ合いは少なくなってきています。そういう意味では指導員として関わることでいろいろな方々と交流する場が増えますね。

それからこんないいアイデアもいただきました。「指導員は普段その競技自体をやることがあまりなく、お手伝いだけの場合もあります。ですからその競技を体験して、『楽しい!』って思うことも大切だと思うのです。そうすれば、もっと普及にもつながるはず。例えば利用者さんを募集して指導員と一緒に競技を楽しんだりする場があれば、その競技ももっと認知されるし、人も集まってきて広がるのではないかなと思います。そしてそのあと、懇親会もあったりすればもっと横のつながりができるかもしれませんね。みんなで集まって、みんなでやると面白いでしょう」と。おお〜!か〜こ大賛成です。

さて、いろんなスポーツのお手伝いに参加している飯田さんですが、まだやったことも見たこともないのが「ゴールボール」。金メダルをとったこの競技を一度見てみたい、そして体験してみたいそうです。そしてこれからも「マイペース」で活動を続けます、と語る飯田さん。「ボランティアは続けることが大切。長く続けるためにはマイペースが一番大事。」お話の途中で何度か出てきたフレーズです。指導員の資格を取っても、なかなか長く活動が続かないのが現状です。自分のスタンスを大切にしてその中で自分が使える時間を使ってのボランティア。

みなさんも、できるところから、できる範囲で活動を始めてみませんか?
 

 辻建志さん★(H25.5.27)

今回のリレートークは,さいたま市在住の辻健志さんです。なんと、辻さんは障害者スポーツ指導員初級研修会の同期です。久しぶりにお会いしました。

辻さんはさいたま市の職員さんです。平成16年に全国障害者スポーツ大会(略称 全スポ)が埼玉県で開かれるのを期に平成14年4月から埼玉県の準備室に派遣されました。皆さんご存知でしょうか。全スポは、全国各都道府県の他に政令市からも選手団を派遣できるのを。さいたま市は平成13年3月に合併で出来た市ですが、平成15年に政令市に移行が決まっていました。そこで、平成16年の全スポにさいたま市選手団を送り出すために辻さんは県の準備室に行きました。高知国体、静岡国体に役員で参加し、その知識や運営方法を学びました。そして迎えた本番の平成16年の全スポを盛会のうちに終了させたお一人だったのです。全スポが終了し、準備室も解散した平成17年からさいたま市障害福祉課に異動になりました。

 平成17年3月、辻さんは初級障害者スポーツ指導員養成研修会を受講しています。全スポで、選手との触れ合いから、その笑顔や頑張りにたくさんの元気をもらったそうです。これからも一緒に何か出来ないだろか?そんな想いが障害者スポーツ指導員になるきっかけでした。

 辻さんは、「以前から自分にノーマライゼイションの精神があったのでは?」と語ります。「今まで、自分の中で障害者への差別意識や違和感を持った経験は無かったですね。大学卒業後、盲学校や養護学校で臨時採用教員をしていました。その後、市の職員になり、最初に配属されたのが浦和市教育委員会の青少年課でした。ここで月に2度ほど障害者スポーツ教室を担当しました。次に社会福祉事業団(現在の大崎むつみの里)本部で勤務した後、障害者スポーツ大会準備室を経験させてもらいました。」ここまで聞いて、辻さんはずっと以前から『ここの道』が続いていたのかもって、か〜子は運命的な匂いを感じました。

 平成19年に障害福祉課から現在の環境局に異動になり、仕事と障がい者スポーツ指導員の関わりがなくなると、かえって気楽に活動できるようになったそうです。現在は仕事の合間をぬって、年間7〜8回、日程が合えばどこでも出かけて行きボランティア活動をしています。「障がい者の方が頑張っている姿や表情が大好き。それを見ると自分も頑張ろう!と思え、元気をもらえるのです。」それに「指導員の仲間と知り合うのも楽しみ。指導員みんなが集まって、みんなでスポーツをして、おしゃべりができる場があったら、もっと仲間の輪も広がるのではないかな。」そんなキラリと光るアイディアもいただきました。

 辻さんは、今後も現在のペースで活動を続けるのが目標だそうです。「中級にもチャレンジしたいけど、働いている人にはとりづらい日程ですね。」

 最後に、まだ活動されていない指導員の方々へこんなメッセージをいただきました。「私たちもそして障がい者の方々もスポーツが自分の殻を破るきっかけになればいいですね。障害のある方々が一所懸命にやっている、そのまなざしを一目見に来て下さい。」

 出来る時にできる事を。辻さんの自然体、とってもいいかな〜〜。ほんわか、心があったかになって帰ってきたか〜子でした。
 
 
増渕洋一郎さん★
(H25・3月号)

今回かーこがインタビューに向かったのは、戸田市障害者福祉会館です。増渕さんはこの会館の中にある、心身障害者福祉センターで勤務されています。

 増渕さんは、大学では経済学を専攻。ゼミで、「アジア・アフリカの貧困問題」を学んだことがきっかけとなり、福祉の仕事がしてみたい、と社会福祉協議会に入りました。そして、何か所かの異動を経て平成17年からこちらで働いています。

 さて、ここに着任した当時は、障害者の方に書道や陶芸などの教室はあったそうですが、運動をする事業は何もなかったそうです。平成20年、増渕さんは継続して定期的に開催する運動の教室を作ろうと考えました。でもどうやってやったらいいのか、具体的なところがわからず考えあぐねていました。

そこで増渕さんは障害者交流センターに相談しました。そして交流センターが、障害者スポーツとその指導のノウハウや職員の派遣を3年の期間で提供するという「地域支援事業」をしていることを知りました。そして同時に、継続して定期的に事業を続けるには地元の人の協力が必要だということもアドバイスされたそうです。

 そして増渕さんは、戸田市スポーツ推進委員(旧体育指導員)の当時の会長さんにお願いに行きました。その時会長さんが言われた言葉は次のようでした。「健常者だけでなく障害者の人たちも同じようにスポーツをする権利があります。行政委員の私たちは障害者も含め広く活動をしていかなければいけないと思っています。」と。

 こうして、増渕さんの願いが実現しました。平成21年度から月に1度、障がい者の運動教室が始まりました。1回に7〜8人の受講者に対して、交流センターの職員1人、スポーツ推進委員さんが3人、そして増渕さんの5人体制で開催されました。当初書道や陶芸に来ていた障害者の方々に運動教室にも来ませんか?とお誘いしたそうですが、実際に参加された方は、今までこの施設を利用していなかった新しい利用者さんでした。増渕さんは「障害のある方でも意欲的に体を動かしたい方たちはいるんだな」とそのとき改めて強く感じたそうです。

翌平成22年には戸田市で、障がい者スポーツ指導者初級の講習会が開催され、会長さんの意欲的な取り組みのもと、当時のスポーツ推進委員さんから7名の方が資格を取得しました。 平成23年度で交流センターの支援事業は終わりになりましたが、現在でも月に1度の教室では、スポーツ推進委員さんが交代でスタッフとして参加し運営しています。また平成23年度から始まったボッチャ教室やフライングディスク教室は、スポーツ推進委員のOB(戸田市ではスポーツ推進委員さんは原則10年任期)でかつ障害者スポーツ指導員の資格を持っている方々が中心となって開催しています。

 参加者の方の中には聴覚障がい者の方もいらっしゃるそうです。手話通訳の方を通してみなさんとおしゃべりしたり、交流したりしている姿をみると、増渕さんはこういう場の必要性を感じずにはいられません。そして、スポーツ推進委員(健常者)や障害のある方が一緒にスポーツを通じて交流し、楽しめることがこの教室のいいところではないかなと思うそうです。

 「これからもずっと継続して定期的に開催していってほしいです。そのためには、スポーツ推進委員さんたちとの協働は欠かせないと感じています。主催者側のこちらの配慮や努力も必要だと思います。」と語る増渕さん。

今後、ここを異動になっても、障がい者スポーツ指導員としてこの教室にはお手伝いとして関わっていきたいそうです。また、交流センターでのわいわい大会のお手伝いも続けていき、体験したことを地域に反映させていきたいとお話してくださいました。

最後に笑顔のお写真を!とお願いしたところ、こんなに満面の笑みでお応えいただきました!!増渕さん、本当にありがとうございました。

 


窪塚政秋さん★
(H24・1月号)

 今回のリレートークは、越谷市の窪塚政秋さんです。前号の松田さんから、「熱心で一生懸命な方がいらっしゃるの。」とご紹介をいただき、かーこがインタビューに向かった先は、埼玉県障害者交流センター。窪塚さんは、今年度、退職されたのをきっかけに交流センターや熊谷、上尾でボランティア活動をされているそうです。交流センターには週に数日出向き、いろいろなプログラムのお手伝い。この日も午後から「バランスボール」にボランティアとして参加とのことで、その前の貴重なお時間をいただきお話を伺ってきました。

窪塚さんは勤務先の八潮市でスポーツ推進員(旧体育指導員)をもう40年間も(すごい!)され、毎年八潮市の市民体育祭や駅伝に携わっているそうです。群馬県で育ち、小さいころから体を動かすのが大好きで、学生時代はずっとソフトテニスをされていました。

平成22年に行政の方から障がい者スポーツ指導員の資格をとってみませんか、との声掛けに、かねてから障がい者の方々の何か役に立ちたいと思っていたこともあり、二つ返事で受講。学んでみて障がい者のことを知ったり、対処の仕方を学んだり、そして様々な体験をすることができ、非常に有意義だったそうです。

また同時にボランティアの難しさも感じたそうです。一つは気持ちの面。「させていただいている」という心でやっていきたいとお話されます。もう一つは、どこまで手を出してしまっていいのだろうか?ということ。できることを手伝ってしまってはいけないのではないか?でもそんな悩みも一緒にやっているとボランティアの先輩が教えてくれるそうです。

資格を取って何をやったらいいか、どこに行ったらいいかわかない方には、「まずこの交流センターにいらしてみてください。」と窪塚さんはおっしゃいます。「まずは一歩踏み出して、そして来たら何とかなりますよ。あとは先輩に聞けば教えてくれますから。」と。

さて、八潮市では年に一度スポーツフェスティバルを開催しています。ここでは窪塚さんたち埼葛地区体育指導委員連絡協議会研修委員会が考案したニュースポーツ、「さいかつぼーる(※1)」を含みいろいろなレクリエーションスポーツを行って市民の方々に体験してもらっています。窪塚さんの目標は、このフェスティバルに障がい者スポーツを取り入れて、障害のある方もない方も一緒にフェスティバルを楽しめるようにすること。そして地元八潮市で障がい者スポーツができるよう一歩を踏み出せるようにしたいということだそうです。

5市一町のブロックとしての取り組みも始まりました。指導員さんが相互協力し、障がい者スポーツが地域に広がっていくといいですね。そのためにはスポーツ推進員さんたちの協力も必要です。頑張れ窪塚さん!みんなが応援しています。

終始優しい笑顔に癒されて帰宅したかーこでした。  

 

松田美津子さん★(H24・11月号)

 今回は蕨市の松田美津子さんです。

松田さんは子育て中、障害者の方々を見かけるたびに「何か自分にお手伝いできることはないかなぁ」といつも思っていたそうです。それが松田さんの一つの夢でもありました。

 そんな折、水泳の仲間とカヌークラブを作り、週に1度、甲斐信幸先生から指導を受けていた時のことです。先生から「日本で初めて障害者のカヌー教室を交流センターで立ち上げるのだけど、手伝ってくれないか?」と誘われました。松田さんは迷わず手をあげました。ずっと思っていた夢に手が届いたからです。松田さんはうれしくて叫びました。「やったあ、ずっと思っていた夢が叶った!」。

 蕨から交流センターまでは毎回バイクで通いました。最初は障害を持つ方にどうやって教えたらよいか悩んだそうです。「片手しか使えない方にも工夫して、両手でなんとか漕げるようになったのを見たときは本当にうれしかったです。」と、語ってくださいました。

 その後、人に教えるには、もっと自分が勉強しなくてはいけないと思い、平成5年には障がい者スポーツ指導員の初級を、平成11年には中級を、そして松田さんの熱い想いはとどまることを知らず、ついに平成16年には上級の資格を取得するに至りました。実はここに至るまでに松田さんは、高校3年生で国家資格を2つ、日本レクリエーション協会のインストラクターなどたくさんの資格も持っていらっしゃるそうです。

 12人兄弟の下から2番目という松田さん。大家族だったため、食べるものもみんなで分けて食べるのが当たり前。どんなことでも人と分け合う性分だそうです。人の世話や面倒を見るのが好きなのも小さいころからです。また好奇心も旺盛。ですから、趣味も多彩で、水泳、卓球、乗馬、習字、日本舞踊、ダンス、スキーと書ききれないほど幅広く活動されています。「若い時からずっといろいろなことをやってきてそれが今、生かされているんですよ。」と。

特に松田さんの水泳指導には定評があります。それは、ご自分が最初泳げなかったので、泳げない方のことがよくわかり、「コツ」を上手く教えることができるからでしょう。

これからボランティアをされる方にアドバイスをいただきました。「ボランティアは決して無理はしないこと。そして素直な気持ちで臨むことが大切ですね。

やり方が分からなかったら先輩のことを見ていればだんだんわかってきますよ。」と。

 松田さんは「夢は叶えるためにある」と言います。いくつもの夢を持ち、そしてそれを実現してきた松田さん。「人生、生きていればいろんなことがあります。でもいいことしか覚えていないようにするんですよ。」そして「今も夢があります。でもナイショね。」一体次はどんなことにチャレンジするのでしょうか!

熱い向上心と輝く笑顔の松田さんにか〜こは終始釘づけでした。

 

海老名千恵子さん★(H24・9月号)

今回は、鴻巣市の海老名さんにお話しをお伺いしました。

海老名さんは7年前から市のスポーツ推進員(旧体育指導員)をなさっています。昨年平成23年に鴻巣市のスポーツ課からスポーツ推進員の方々に「障がい者スポーツ指導員を受けてみませんか」という声がけがあり、海老名さんを含む5名の方が受講され初級の資格を取られました。

現在は海老名さんを含め修了した5人の方々と、過去に指導員の資格を取得した方たちとで連絡会が作られ、今年から市内の障害者施設などで障がい者スポーツ教室をスタートしました。これは市のスポーツ課の事業で、地域支援事業として県の障がい者スポーツセンターから派遣された職員の方と一緒に行われています。

さて、海老名さんは他にもいろいろな活動をされています。お母様を亡くされた時に、お母様に「もっとこうしてあげればよかった」、そんな思いから取得した介護ヘルパー資格。17年前から続けている人形劇。「鴻巣紙芝居えがお」というグループでは、高齢者、障がい者施設、学童保育などを回って紙芝居や手遊びなどをするボランティア等。

「母のおかげで今までの自分の世界と違うところに入っていくきっかけとなりました。」そう語る海老名さん。ヘルパーで学んだ、人との接し方や傾聴。紙芝居ボランティアで学んだ経験が、障がい者スポーツ指導員として、障がい者の方々に接する時に生きています。そしてこういう活動を通じて人と出会い、人とつながり、人生の先輩方からいろいろなお話しを聞くことができるのがとても嬉しく、学ぶことがとても多いそうです。

「これからも地道にいろいろな所へ出向いて活動し、いろいろな経験を積んでいきたいです。人形劇、紙芝居、そしてスポーツを通じて、みんなが笑顔になれるといいな。」海老名さんの目はキラキラしています。

 

竹内晴男さん★
(H24・7月号)

今回は、竹内晴男さんにお話しをお伺いしました。

竹内さんは蓮田市在住。平成18年に自宅近くの畑で作業中に脳梗塞で倒れ、左半身不随となりました。その後一度退院されましたが、リハビリ中に転倒し、再び県立総合リハビリセンターに入院。退院後は、健康増進課のトレーナー付きでリハビリを3年間続けました。持ち前の頑張りやの性格で、毎日必死にトレーニングをしたそうです。水泳も片手で泳げるまでになりました。その後、障がい者交流センターにリハビリに来て、先生に左手も使ってみたら?と言われ、今では両手で游ぐこともできます。また、いろいろなプログラムに参加して、どこに筋肉をつけるのか、どうやって筋肉を鍛えるのかなども先生方から学んだり、向学心に満ち溢れた方でもあります。

もともと竹内さんは、スポーツが大好き、体を動かすのが大好き、ですからご自分のリハビリだけでなく、少しでも同じ境遇の方にお手伝いができたらとの思いから、平成21年には交流センターのボランティアとして登録、翌平成22年には障がい者スポーツ指導員初級を取得しました。

 現在では、火曜日から金曜日まで毎日障がい者交流センターに来て、ご自分のトレーニングし、そして交流センターのボランティアとして活動をしています。ここに通うようになり、たくさんお友だちができ、仲間も増え、みなさんが声をかけてくれるのがうれしいです、とのこと。こんな熱心で、優しい竹内さんですから、利用者さんにも、ボランティアさんにも「竹内さんファン」がたくさんいることをか〜こは知っています。

平成21年の交流センターボランティア登録から今日までのボランティア歴は200回以上。障害者スポーツ指導員としての活動手帳も3冊目に入りました。

 趣味は家庭菜園とカメラ。竹内さんが育てた野菜をお孫さんが食べてくれるのが楽しみとのことです。また、カメラも左手が動くようになってからまた始めました。県リハにいた時の仲間と作った「POST(ポスト)の集い」の会では、代表も務め、月に一度情報交換会もしています。そしてお花見や、旅行では竹内さんのカメラが大活躍だそうです。

 最後に障がい者スポーツ指導員のみなさんに。「障がい者スポーツ指導員のみなさん、1回、2回と時間が取れれば、ちょっと参加してみませんか?他のボランティアさんの動きを見ていればどういうことをやるのか分かりますから大丈夫ですよ。ボランティアの人数が足りないので来ていただけると助かります。」

みなさ〜ん、竹内さんの笑顔に会いにいらっしゃいませんか。            

 

小西千穂子さん★(H24・5月号)

今回のリレー訪問は、昨年鴻巣で障害者スポーツ指導員(初級)の資格を取った小西千穂子さん。

小西さんが講習会を受けようと思ったきっかけは、3つ。1つ目は、テレビで、片腕のない少年が器用に野球をやる姿を見て感動したから。2つ目は、5年前に障害(精神)を発症したお子さんが、スポーツが大好きだから。そして3つめはお子さんの障害のことなどを勉強をしているうちに、障がい者スポーツの指導をしてみたいと思い始めたから。パソコンで講習会のことを知ると、迷わず応募したそうです。

資格を取得してからは、交流センターの事業やわいわい大会にボランティアとして参加。今はいろんな種目にチャレンジしているそうです。特に力をいれているのが、アーチェリーと夏休みの子どもの水泳教室。今年は初心者のための朗読の講座にもチャレンジする予定です。「障がい者スポーツは自分の進むべき道。やっと見つけました。」そう語る小西さんの目は輝いています。

またボランティアをしていて、同じ指導員の方々と知り合い、輪が広がることも、利用者さんや参加者の方々からもいろいろなことを教えてもらえるのことも、魅力だそうです。

昨年体験されたボランティアの中でも、特に秋に行われた「埼玉県ふれあい地域振興事業」の「ふれあい野球教室」では、浦和学院高校の選手たちが、優しく、的確に障がい者の子どもたちに指導している姿を見て、すばらしい!と感激したそうです。「こうやって、同じ場所で障がい者と健常者一緒に活動することはとてもいいことですし、きっとお互いの財産になると思います」、と語ってくれました。

小西さんの夢は、障害者と一緒になってスポーツを楽しむこと。そして地域で、障害者と健常者が一緒になってスポーツする機会を作りたい、ということです。

取材をして、小西さんの(いしずえ)になっているのは、かつて学祭で聞いた障がい者の方々歌詞かもしれません。「自分たちも同じ人間、みんなと変わらないんだ

 

中島利子さん★(H24・3号)

今回のリレートークは笑顔が輝く中島さんです。現在は主に「障害者テニス」で、また「ボッチャ」の審判員として、県内でご活躍されています。

中島さんが埼玉県さいたま市(旧浦和)に越してこられたのは30年前。その時からテニスを始めたそうです。そして障がい者テニスと出会ったのは、15年ほど前。埼玉県障害者交流センターで障害者テニスのフェスティバルがあり、テニス協会にお手伝いの依頼があり参加したのがきっかけだったとのこと。

最初はボール拾いのボランティアや、一緒にペアを組んだり、対戦相手になっているうちに、球出しや指導もするようになりました。そんな時に障害者スポーツ指導員の資格をとってみたら?と推薦され、取得したのが10年前。資格を取ることでボランティアの活動の幅が広くなったと語ります。

「好きなことでお手伝いができることに喜びを感じています、みなさんの生き生きとした顔にひかれ、そんな顔をみるとうれしくなって、私のほうが元気をもらって帰ってきます。」と中島さん。

現在は障がい者のテニス団体である「埼玉交流テニスクラブ」に所属し、その中で左半身に障害のある方と組み、ミックスで近県の大会に参加しています。平成22年のヨコハマハンディキャップテニス大会では見事2バウンドの部で優勝したそうです。また今年3月25日に行われる横浜での大会でもいい成績がとれるようにと意欲を燃やしています。埼玉県では障がい者のテニス大会がないので、ぜひ開催していただきたいともおっしゃっていました。

中島さんはテニスをするかたわら、ボッチャ協会にも所属しています。他にも交流センターでのふれあい大会にも障がい者スポーツ指導員スタッフとして参加。「週に5日ぐらい出かけるときもあるんです。主人も行っておいで、と言ってくれて。でも1年に1回は、主人とペアでテニスの試合に出るんですよ〜。優勝したこともあります。」とちょっと照れながらお話ししてくださいました。

何かお手伝いをしたいと思っている方に中島さんからのメッセージです。「まずは一歩進んでみてください、仲間の輪も広がりますよ。」